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かつおだし切れてた。



ので、今日の蕎麦は出汁なし。

すっかりゆであがった蕎麦をみて、もう、やるしかない。と思い、
屈辱的なノン出汁のつけ汁で食べた。泣こうかと思った。悲劇の誕生だ。

買いに行こうにも、
すぐ近所にあったスーパーは先日、閉店したんだった。
悲しみの連鎖である。



それはそうと、[出汁]という単語を見ていると、
[汁]の立場を慮らずにはいられない。

[出汁]で、[だしじる]と読ませるなら良い。
ただ、[だしじる]と読ませる場合、一般的には[出し汁]と表記するだろう。

[出汁]で、[だし]。

[出]単体でも、[だし]だし、
なんとも、[汁]の社会的(文脈的)立場は、常に危ぶまれているではないか!?



汁曰く。

なんかさぁ。
あんた、俺のこと必要だっていうから。。。いままで一緒にやってきたけど。
お前は一人でも、[だし]としてやっていけるんだよな。

俺。もう、[出汁]として活動していくの、今月限りにしようかと思ってんだ。。。

突然の[出汁]解散宣言。

戸惑う、出。



確かに、出汁における汁の立場は微妙だ。
そのポジションは常に裏方であり、日の目をみない存在かもしれない。

けれど、だからと言って、<かつお出汁> を <かつお出>と書いてしまっては、
まったく意味が通じないのであって、
そこには、確かな相互扶助が存在し続けているわけだ。

待てよ!

控室を一足先に去ろうとする[汁]の背中に、[出]が問いかける。

お前の力が必要なんだ!!
ここまでやってこられたのも、二人の力があったからじゃないか!

振り返る、[汁]
そして、固い握手を交わした二人は、再び[出汁]として活動していくことを決意するのであった。



なんだこれ。


一応、物語はハッピーエンドを迎えたが、
僕の昼食の蕎麦は依然としてまずいままだ。

2010.07.09 / Top↑
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